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2022年1月5日水曜日朝、

日記を書くために早起きをし、日記のスタートの幸先の良さを感じている。

 

2022年が始まり、あっという間にお休みが終わった。

今年はいつもにない長いお休みを取り、

本当に心も体も、そこからのびのびとリラックスできた。

おかげ、なのか、そのせい、なのか

実家を出る時に涙が出てしまい、

東京の家の最寄りに着いたときには大泣きをしてしまい

そんな自分に驚いていた。

でも、東京に戻って家に愛する人がいることに気がついたときに

これまで以上に、今年はこの人を大事にしていきたいと思い

これまた気持ちが満たされた。

言い訳をいうけれど

その時間を大切にしたくて、火曜夜の習慣にしたいこの日記を書く時間は

彼との時間に費やした。

 

それは結果的に大正解。

お互いの生活リズムがずれている中での同棲生活で

大切だし、好きだし、もっと一緒にいたいけれど

時間という物理的な壁もあれば

自分のからだがもう休むことの他全てを拒んでしまうような状態だったこともあり

思うように一緒の時間を大切にできていなかった。

 

昨日が久しぶりに再会した日で

おだやかに笑って過ごすことができたのは本当によかった。

 

 

それもあって今、水曜日の朝になっているけれど

このサイクルはもしかしたら悪いものではないかもしれない。

水曜の朝なら、お休みの思い出も鮮明だし

仕事に向き合いながら、記録を残すことができる。

ただやっぱり、自分を何かに縛り付けるよりは

月曜から水曜朝の自由な時間、これくらいのふわっとした時間の枠の中で

2022年、5年目の週記録を残していこうと思う。

 

 

 

 

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毎日本当に幸せだった。

1日は兄夫婦が遊びに来てくれて

2日は大好きな茶室で新年らしくお菓子をいただき

夜には大好きなまおちゃんとおしゃべり。

3日は朝には幼なじみの美穂ちゃんとあって、

午後には昔懐かしい湖に遊びに行った。

日が傾きはじめる頃の美しい時間帯で

さらに美しかったのは、家族であげている空に浮かんだ凧の数々。

中でも一つは驚くほどの長さと安定感で

新年らしい乾いて雲ひとつないあの空に在る姿は

ずっと見ていられるようなものだった。

小さい頃に住んでいたあたりから遠回りをして帰宅して

もしかして、この辺りに戻るのもいいかもしれない、なんて考えた。

私は恵まれたことに、両親のことが大好きで

やはりずっとずっと近くにいたい。

私が成長しない大きな一つの要因でも在るけれど

でも私には大切な要素だから

わがままを言えば、ずーっとずーっと離れたくない。

 

 

4日は東京に出てきて

心の拠り所でもある神社にご挨拶、

そしてすずなさんとの時間も久しぶりにじっくりと取れた。

どの瞬間も愛おしかったけれど、

最後にお昼寝をしてしまったときに

日中はすっかり大人っぽくなって小学祭や幼稚園の頃の面影がなくなったな

なんて寂しく感じていたけれど

あのあどけなさを見てほっと安堵したし

守るべきものがあるこの幸福感はなんて大きいものなんだと

これまた涙を浮かべてしまった。

 

愛おしいものに毎日包まれているこの年の始まり。

このまま、ひとつ一つを丁寧に、大切に

毎日がこんな風に愛を感じられる1年でありますように。

 

 

2022はじまり